視覚を失った瞬間、軸は別物になる。

先日東京で打合せとリハで少々滞在しておりまして!

打合せ初日。
いろいろとご迷惑をおかけしていた先方様と制作現場での打合せ。
琵琶の音入れの話などをしていたのですが、皆さんとても楽しい方ばかりで!
美味しい茶菓子も頂き、楽しい打合せでした!

貴重な話を聞かせていただき、さらに政策現場の見学もさせていただいて、ついつい興奮してしまいました。

すっごく私好みのお菓子も頂き、行きかえりエスコートしていただいて至れり尽くせりな一日でした。
ありがとうございます!
頂いたお菓子がとても気に入ったので、個人的にお店まで買いに行こうと思います!

作品が完成するまで、微力ながらお力添えできたらいいなと思っております!

翌日はリハだったのですが、
リハ(LIVE)で、お立ち台でお面をつけたまま頭を振るパフォーマンスをしていて、気づいたことがあって。

——めちゃくちゃフラつくw
リハでもどれくらいのふり幅で倒れそうになるか実験。
ふり幅が大きいほど倒れそうになるけど、縦でも横でも倒れそうになるし、一度ブレると元の軸に戻りにくい。
踏ん張れるくらい足幅を広げたらふらつきはないので、この問題は、お立ち台は私の身長に安定する足幅に広げれないので、足幅が狭いという環境化における対策かなと。

戦闘で顎にヒットしてもKOされたことはないし三半規管は強めと自認、正中線の感覚はむしろ人よりある方だと思ってた。(普段は姿勢はわるいけどねw)
それなのに、なんでこんなに崩れるんだろうって。

最初は正直、「老いか?」とも思っていたんだけど、これは老いだけではなさそうだなと思って、真面目に分析することに。

これって単純に、「視覚を遮断した状態で、激しく頭を動かしてる」っていう状況なんだと思う。

武道でいう「軸」って、感覚的には正中線なんだけど、
実際は視覚・三半規管・体性感覚が全部合わさって成り立ってるから、

見えてる前提で作ってた軸って、
見えなくなった瞬間に“別物”になるじゃないかしら?

ここで改めて思ったのが、
人ってめちゃくちゃ視覚に頼ってるってこと。

目が見えてる状態で頭を振ると、
景色の流れとか、どこかの一点を無意識に基準にして、
自分の位置を勝手に補正してる「外を基準にして軸を取ってる状態」。

でも、目が見えない状態になると、
頼れるのは三半規管と体の感覚だけになる。

ただ三半規管って、「動いてるかどうか」はわかるんやけど、
「ここが正しい位置です」って教えてくれるわけじゃない。

なので、動けば動くほど基準が曖昧になって、
ズレた軸を戻す“目印”自体がなくなる。
これが、あのフラつきの正体なんだと思う。

武道で「目をつぶっても立てるか」とか「闇でも動けるか」ってあるけど、
あれって基本、静かめな状態での話。
暗闇で稽古(カキダメシ)をすることもあるけど、
自分的には師範レベルと自認していて、かなり得意な稽古が故にぐぬぬ…

そこに回転とか、激しく頭を振る動きが入ると、一気に別ゲーになる。
カキダメシであんなに頭を振りまくることはなかったしね…稽古不足でしょうかw

では、どうするか!?

今考えてるのは、「視覚に頼らない軸」を作り直すこと。
いきなり激しくやるんじゃなくて、段階的に。

まずは、目を使わない状態でちゃんと立つ・歩く。
次に、ゆっくり揺れる中でズレても戻せるようにする。

で、最終的に回転。

前方前回りをいろんな方向で連続してやって、
空間感覚をぐちゃぐちゃにされた状態でも、
戻れる軸を身体に覚えさせる。
という自主練をしていこうと思う。
合気柔術の稽古をまさかLIVEパフォーマンス向上のために、いや、お立ち台から落ちないためにwやるとはね…w

ポイントは、「どこに戻るか」を外じゃなくて内側に作ることかな。
ある意味これって、型っていうより“帰ってくる感覚”の練習だなって思ってる。

パフォーマンスというかヘドバンwと武道って別物っぽいけど、
こういうところで繋がってくるのが面白いw

まだ全然コントロールできてないけど、できたらかっこいいなとw

お面をかぶって激しいパフォーマンスするすべての人にリスペクト。
こんなに大変だっとは。

見えない中で、どこまで自分の中心に戻れるか。
しばらくこのテーマ、掘ります。

楽姫(磨姫子)

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